8/14       COLUMNに「ニセモノにあらず。」追加。
           遥かなり、昭和w


8/10       今月23日開催の「CAFE CRUIZ NITE」詳細をRECENT INFOにて!!


8/5       CUSTOM PAINTの「MOTORPSYCLES」どしどし追加。
        仕事し続けるワタシ。盆休みってなんですか!?(怒) 


7/30     本日発売の「LIGHTNING」より隔月連載で
       「BUELLで愉しむカスタム生活」始まりました。
       編集部のラッセルさんのDIYカスタムのお手伝いを一年間に渡ってお伝えして参ります。
       是非ご覧下さいまし。

7/26    「EVENT」のetcに「サーキット走行会2008夏の陣」掲載

7/24     PAINTほぼ全部のカテゴリーあまねく更新。うひー、死ぬ・・・
      スミマセン、予約9月いっぱいまで埋まりました・・・・
 
 

 

HP大幅リニューアルのお知らせ

この度当HPを大幅にリニューアルする事になりました。
今後作品集・インフォメーション等コンテンツを充実させていきますので
いましばらくお待ちください。

作品集等のページは画像がかなりありますので最初に開くのに多少時間がかかる場合がございます。
ページが展開されるまで少々お待ちいただけますと閲覧出来ます。
各画像をクリックすれば別ウィンドウで拡大が閲覧できます。

 

画面右横にコンテンツ・カテゴリーがございます。
PAINT        RESTORE・CUSTOM・SIDECARと各種コンテンツございます。
            お好きなページをご覧下さい。
COLUMN      SHOP主であるワタシMUNEの覚書きのようなものです。
            お暇がございましたら戯言を読んでみてくだされ。
EVENT REPORT 当SHOPのイベントの様子をこちらでUPしていきます

画面上にもインフォメーションございます。
SHOP INFO    当SHOPの営業時間・℡・地図・メールアドレスはこちらでご確認ください。
LINKS        内容の濃いWEBばかりですので、よろしければ是非覗いてみてくださいね。
RECENT INFO  前HPのBBSの役割はこちらにて行います。
            イベント情報やお休みのお知らせ等はこちらにて随時UPしていきます。

なお、現在全くなんにもないコンテンツもまだまだございます。
岡本太郎画伯の作品のように大らかな気持ちでお待ちいただくか、
取り急ぎの方は右下の画像の案内をご参考に。

CUSTOM PAINT 価格表

基本的に以下の料金設定はタンクの設定です。その他は面積・形状・
程度・合法/非合法(?)により変動致します。ご了承下さい。

 

 
基本料金(ソリッドペイント)
#メタリックやパールの入らないカラーです
SRクラスのサイズのタンク・ビキニカウル ¥20,000~
400cc~タンク ¥25,000~
フロントフェンダー位のサイズ ¥13,000~
サイドカバー位のサイズ ¥10,000~
フルカウルサイズ(脱着工賃別) ¥70,000~
ヘルメット(フルフェイス) ¥18,000~
 

メタリックペイントは上記基本料金より20%UPです。
パールカラー及びRED/YELLOWは、上記基本料金より30%UPです。
キャンディカラーは下地のフレークの種類にもよりますが概ね上記料金の×1.5で計算となります。

 

上記の料金はあくまで基本であり、お手持ちのタンクその他の程度により左右します。
こればかりは何卒御理解ください。
基本的に当SHOPのペイントは全てミラーフィニッシュ(鏡面仕上げ)となります。
2TONE及び多色希望はご相談ください。

 

凹み補修

小さなものなら1箇所¥1,500~。大きな凹みや穴・陥没等は程度によります。
FRPの補修は(小)¥2,500~、(大)¥¥3,500~ですが、欠損部分の再生は一箇所につき¥5,000~となります。
その他、ペイントするものの全体の下地処理代(小さな凹みから擦り傷、タンク裏のサビ処理)は、ペイント代にプラス¥5,000~(タンクの場合)です。
旧車のレストアペイント依頼されます方は、この料金はほぼ間違いなく上記料金に併せて加算されるもの、
とご了承ください。
また、現行であっても保管状況によってはこの金額が発生する事もございます。
ご自身でタンクを外した際に裏側をチェックし、サビが発生しているようでしたら概ねの料金に
この下地処理代を加算して目安にしてください。

 

 

その他

ピンストライプは応相談ですが、参考までに。
BMWの子持ちラインは、フロントフェンダーで単色¥4,000位、タンクやカウル等は¥5,000~¥15,000位、
サイドカーで¥20,000~といったところです。

 

タンク内サビ処理はものによりけりとなります。
ケミカル処理で¥5,000~タンク内コーティング処理で概ね¥10,000~といったところです。

 

CUSTOM PAINTはもう応相談です。もともと値は張りますから、相談と熱意次第では多少サービス致します。

 

 

ローン各種取り扱っております(VISA/MASTER/ORICOクレジット 3社利用可)
但し、ローンの場合は事前のお見積額で最終決定となります。
以下の割引は仕方ありませんが対象外、となります。
ご了承ください。

 

 

 

恐らく業界初!学生割引開始!

 

皆さんそうだと思いますけど、学生の頃って、ムチャクチャお金がないじゃないですか。
でも、何ていうか熱意と暇だけはあるっていうか。そこで学生さんに朗報。
学生証を提示すれば、金額より10%OFFしちゃいます。君たちの夢の手伝いが少しでもできれば、と思います。
・・・でも、条件もあります。

 
1): なにかクリエイティブなアイディアを持ってきた方。
私の中に稲妻が落ちるようなCOOLなアイディアをくれた人は10%OFF決定。私も貴方に感謝。
HOTなコンセプトがある場合は熱く語って下さい。ワタシも飽きたり忙しい時は
ちゃんとSTOPかけますから。

 
2): 金はないけどヒマはあります!っていう人。
下地処理とか、出来る範囲を自分でもやってみようとお店に通ってパテ粉まみれになったり
水浸しになったりオイルまみれになれる方。このお店は青年の家ではないがそんな姿にココロ打たれる事にします。
こんな人も10%OFF。

 
3): 学生だけじゃずるい!なんてこれ読んで思っちゃってる学生じゃない人。
確かにそのとおりです。皆さんにも適用します。
んが、皆さんはもういっぱしの社会人ですから、
1や2の条件も、相当に「ブッ飛んだ」ものでない限り適用しません。
ま、そのへんは大人ゴコロってやつで軽く語ってみて下さい。
但し、あまり値切りにしつこい方や、年功序列・経験といったものを
振りかざす方は老若男女・外人・宇宙人かかわらず店外に蹴り出しますのであしからず。
あと女性の方、色気で50%くらい果敢にチャレンジされても、そんなんでは値引きません。
多分、ね。

 

 

 

結論から言うとワタシは「色師」です。
極力自分の「色」は裏方に回して、皆さんから出てくる「色」を再現したいと思っております。
塗り手がワタシである以上、どんなに引っ込めても作品に「私」は入ってしまいます。
でも作品の持ち主は皆さんなので、皆さんからの「色」が前に出ていなければいけない、と思っています。
この場合の「色」とは人生観だったり好きな音楽だったり土地だったり、
好きな異性のタイプだったり映画だったり。
そういうのが皆さんの「色」です。
それを具現化するのにワタシが技術でお手伝いするまでです。
ですから皆さんとはとことんお話してアナタだけの「色」を構築してきたいと思っています。
カスタムに対して熱い気持ちがある方のお手伝いを少しでも出来れば、と思います。
私はそんな熱い人達が熱く語っているのを聴くのが好きです。
皆さん是非私をワクワクさせて下さい。

ワタシのジャイロについているオイルタンク。
これが元は水筒だ、と理解る方々は間違いなく30代以降の方々だ。
そしてこの水筒はワタシが実際に幼少の頃に使用していたものだ。



表には布のカバーがかけられていた。

その布地には一匹の愛くるしいキャラクターがプリントされていた。




水筒は幼き頃に叔母が買ってくれたものだった。
濃紺の生地にプリントされたキャラクター。
黄色い花束を持ってコッチを見ている一匹の「猫」。
口がバッテンになってるそいつの名前が知りたくて、
「この猫の名前は何ぁ~に?」
と、叔母に訊ねた。




叔母はこう答えた。




「ムスティ、よ。」






以来、ワタシはこの口がバッテンの生き物は「ムスティ」というのだ、
で10代後半まで生き抜いた。






高校時代、クラスの女友達が持っていたグッズにそいつはいた。
いい加減「野郎」になっていたワタシはそいつの存在を忘れかけていて、
そんな中久々に懐かしい対面となった。




「あ~、そのキャラ好きなんだ、お前。」

「ん♪昔から好きなんだよね~」

「確かムスティだろ?それ」

「・・・はぁ?何それ??口を結んでるからってそのあからさまな名前は」

「あれ?口がバッテンのそのキャラは確か・・・」

「ミッフィーよ!!!(怒)」







良く観ればそいつは耳が異様に長い猫だった。
・・・・というよりむしろウサギであった。







ディック・ブルーナーの名作。
そいつの名前は間違いなく
「ミッフィー」
だった。







そしてそいつは紛れもなく
「ウサギ」
だった。







叔母のヤツは何故にそんな無謀な名前をワタシにうそぶいたのだ!?





その時既にワタシの水筒は包んでいた布地はボロくなっていたので撤去されたいた。






この謎は結婚してからカミさんにも話したことがあったが、
「なぁに、そのニセキャラは~、あははははは!」
で完結をみた。










はずであった。









今はもう無き向ヶ丘遊園。
あの頃はまだ下の娘は産まれておらず、
上の息子もまだ3歳そこらだった気がする。







閉園する、という噂を聞いて家族で平日の午後に出かけた。
まだ閉園までは少し期間があったのと、平日だったので、
そこはまさしく栄枯盛衰と取り残された昭和が醸し出す「斜陽のパラダイス」であった。
人など殆どおらず、乗り物のアトラクションなんか並びにいって初めて電源入れて動かしていたくらいの有様だった。
でもそのおかげで息子が気に入った乗り物なんか
「じゃあもう一回乗っていいよ~」
で連チャン乗れたりして、意外にも我々ファミリーは愉しんでいた。
ただ、日の暮れるのが早い晩冬の遊園地で我々ファミリーしか乗っていないのに動き続ける回転木馬なんかは
客観的な絵面はまさにサルヴァドール・ダリの世界観そのものであったことだろう。






ひとしきり乗って軽く休憩を、で立ち寄った売店&ゲームコーナー。
そこに昭和の「奇跡」はあった。







「ムスティのファンシー・スタンプ~♪」







ゲームコーナーからかすかに聞こえたその声に「!」となりながら発信源を夫婦で探した。









そこにそいつはいた。
口がバッテンのそいつはいた。
「ウサギ」ではない「猫」のそいつがいた。
消えかかっている遊園地の灯火の中で
そいつはもう一度かすかな声で私達に言った。










「ムスティのファンシー・スタンプ~♪」








たぶん、というより間違いなく「猫」のそいつは贋作なんだろう。
もう誰も来てはくれない遊園地だったからこそ皮肉にも生き残ってきたんだろう。
そしてそいつはこの消え行く遊園地と共に永遠に去っていくのであろう。








しかし、ムスティよ。
お前はニセモノにあらずだよ。
少なくとも我々ファミリーの中では(笑)
ありがとう、そしておやすみ。









そして向ヶ丘遊園は静かにその生涯を終えた。






























最近下の娘がどっかのバザーで貰ってきたおもちゃのカメラ。
そこにふと「猫」のそいつはまた我々ファミリーの中に現れた。





「ハイ、ポーズ♪」



娘はそれを愉しそうに使って遊んでいる。
娘は女の子なので、そいつが贋作だと早くに気付くであろう。






しかしワタシはこう娘に言おう。







「ムスティはムスティ、さ。」







こう言ってアル・パチーノやフィリップ・マーロウや
ジャン・ポール・ベルモンドみたいにウインクでもしてやろう(笑)








遥かなり、昭和(笑)














※後に判明したのだが、この「ムスティ」、ベルギー人レイ・グーセンスの作品で、
実は「ミッフィー」よりも10年も前の1960年にデビューしている。
そして実は設定上では「男の子」であるらしい。

が、現世では後出のウサ公の方が圧倒的にメジャーなので、
もうワタシの中では「ムスティ」が事実上の敗北宣言、としました。
レイ・グーセンス先生、ごめんなさい・・・

あ、ごめんなさい。
タイムリーに起こったコトではないです。
夜中に一人で仕事をしていて、
この時期の外の「雨音」を黙々と聴いていると
過去に遭遇した事故現場を丁度梅雨時になると思い出してしまいます。
だからかなり昔の話しです。
事故がどれほど生々しいものなのか、見たままを書きますので、
かなり衝撃があると思われますので、
苦手な方はスルーしてください。

 

 

 

 
 
昔、港区で老人介護の仕事をしていた時の話です。
(こんなワタシですが、昔はこんな仕事にも従事していたのですよwww)
もう10年以上は経ちます。

大雨の降る六本木を送迎車に乗って走っておりました。
そして目の前で一台のオートバイと乗用車の事故を目撃しました。

 

 

 

 

バイク便の彼は一番左の車線を走っていました。
目の前にトラックが駐車していたので彼は右の車線へ移動しようとしていました。
丁度その時更に奥の3車線目から同じ2車線目へと移動しつつある乗用車がいました。
乗用車は移動を先に済ませたバイクに全く気付いていなかったようで、
そのオートバイに横からぶつかりました。
接触されたオートバイは再び元の車線まで戻されてしまい、
駐車中のトラックの荷台に体ごと突っ込むという最悪の事態になってしまいました。

 

 

 

 

すぐ後ろを走行していたワタシは即座に車を停め、
激しく荷台に衝突したオートバイのライダーの安否確認をしに降りていきました。
丁度同じく事故を目撃したカブに乗って営業周り途中な様相のおじさんも停まってくれました。
接触を起こしたセダンはトラックの前に停車しました。

 

 

 

 

接触したセダンを見てとても嫌な予感がしました。
外交官ナンバーでした。
確かに六本木・麻布界隈ではよく見られる車輌ですが、
これと絡んだ事故というのは非常に厄介です。
カブのおじさんも
「エラい相手とやっちゃったな」
と同意見でした。
案の定降りてきたのは白人男性でした。

 

 

 

 

 

 

 

事故を起こした彼は。

 

 

 

 

 

 

激しくうめいてました。
口から血を激しく吹き出しながら、言葉にはなっていない「何か」を叫んでいました。

 

 

 

 

 

 

「動かないで!!今救急車呼んだから!!もう少し頑張れ!!」
ワタシは必死で彼に呼びかけました。
カブおじさんはその間降りしきり視界の悪い道路の交通誘導をしてくださっておりました。
しかし、当事者の白人は車へと戻ってしまいました。

 

 

 

 

 

バイク便の彼はうめき続けました。
事故の様子から見て、バイクはトラックの荷台の下に潜り込んだので
あまり被害は無い様子でした。
しかし、乗っていた彼は皮肉にも荷台に真っ向から直撃してしまい、
更には大雨でブレーキもさほど効かなかったようで、
相当な力が彼の内臓を破壊している様子が伺えました。
おびただしい量の血を彼は口から吹き続けていました。

 

 

 

 

 

「キミ、港区の車輌だろ!!車内に何か救急箱とか積んでないのか!」
カブのおじさんに言われましたが、
こんな相当なアクシデントに対応し得るものは勿論積んではいません。

 

 

 

「ちきしょう!あの外人の野郎!車の中で携帯で電話してやがる!!」
ワタシには見えない位置、カブおじさんには見えるようです。
そしてそのふてぶてしい態度に怒りを露わにしていました。
もう一台、違う会社のバイク便でしたが停まってくれて、
雨の中一緒に対応してくれました。

 

 

 

 

 

 

しかし、彼の吐き続ける血は止まることはなく、
どろりとした血の川を形成し、ゆっくりと雨水と共に道端の排水溝へと流れていきます。
灰白色のアスファルト。激しく降りしきる雨。
そしてまるで「生命」というものを誇示するかのようにどろりと流れる
溶岩のような「血の川」の流れと
それをゆっくりと地中へと飲み込み続ける排水溝。

 

 

 

 

 

あまりにも想像を絶する光景でした。
同じバイク乗りだから、で停まったものの、
この光景を目の当たりにして
停まってしまった自分を後悔すらしていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂には彼の両耳からも出血が始まりました。
「動かないで!!とにかく頑張るんだ!!」
必死でバイク便の方と叫び続けましたが、
その声も既に彼には届いていないのが薄々気付いていました。
耳からの出血は頭部及び脳に甚大な被害がある証拠で
この時点でほぼ助からない、と
医学的に知識のあった側面の「私」も
動物的直感の側面の「私」も認識してしまいました。
もうどんなに彼を励まし続けても、
もう彼は助かる事はない、と。

 

 

 

 

道挟んで向かいだったので先に警察がきました。
ここで「冗談だろ?」と思ったんですが、
警官は必死で呼びかけしてる最中のワタシ達から事情聴取しようとしたんです。
「バカかテメェらは!先に救急車搬送だろが!!!」
この時も素面(シラフ)に戻してくれたのはカブおじさんでした。

 

 

 

 

 

 

もう彼の体には血液があまり残っていないのでしょう。
先程まで「生」を誇示していた、
どろりと流れていた「血の川」の流れが止まりました。
彼の口からは血の混じった泡が代わりに吹き出されていました。

 

 

 

 

 

苦しいのでしょう。
激痛なのでしょう。
寒いのでしょう。
不安なのでしょう。

 

 

 

 

 

彼はうめきながらこちらに手を伸ばしています。

 

 

 

 

 

 

 

苦しいのを何とかして欲しい手。
激痛を和らげて欲しい手。
暖めて欲しいと伸ばされた手。
不安から開放されたくて必死で伸ばしてきた手。

 

 

 

 

 

 

 

握れませんでした。

重すぎて、重すぎて。

 

 

 

 

 

 

ワタシにはすぐには握れませんでした。
隣にいたバイク便のお兄ちゃんも同様で、
同じくこの重すぎる「救いの手」の前で
何も出来ないでいました。

 

 

 

 

 

 

 

「どっちか代われ!!」
交通誘導していたカブおじさんが叫びました。
バイク便のお兄ちゃんが誘導を警官と共に代わって、
おじさんはこの「救いの手」を躊躇することなく握りしめました。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だ!聴こえるか!!
もうじき救急車が来る!!聴こえるか!!頑張れ!!大丈夫だ!!」

 

 

おじさんも理解っていたはずです。
これはもう助からない、と。
それでもおじさんは握りしめました。
「大丈夫だ!!」
と声を掛けました。
大事なのはその先に残される私達の心の中のことではなく、
今まさに終わろうとしている生命に暖かさを少しでも手助けしてやる事。
おじさんは実践していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの両頬から涙が溢れているのが理解りました。
大雨の中ズブ濡れだったのですが、あれは涙だったと思います。
そして伸ばされた手を握りしめるおじさんの両頬にも涙が溢れていたように思います。

 

 

 

 

 

救急車が到着して、搬送が終わった時。
あの時感じた思い。

 

 

 

 

 

翌日同じ場所にいっぱいの花束が置いてあった時の思い。

 

 

 

 

 

向かいの警察署の
「昨日の死亡事故 1」
という、統計値の一つを見た時の思い。

 

 

 

 

搬送が終了した時にやっと車から降りてきて、
警察官に開口一番「外交官特権」を持ちかけた白人を殴り倒したカブおじさん。

 

 

 

 

後日、ワタシはこのカブおじさんの裁判に「参考人」として出廷しました。
結局おじさんは示談成立で解放されました。
おじさんは小さな町工場の重役さんで、
現在は関西地方に新しく建てた工場の代表として赴いていて久しく会っておりませんが、
この事件以降交流を続けさせていただいております。
おじさんとの出会いは「負」の産物ではありますが、
バイク乗りとして、いや、人として躊躇しない姿勢を勉強させて頂きました。

 

 

 

 

 

その後亡くなった彼のいたバイク便会社の同僚さん達がワタシやおじさんを訪れてきて、
「彼の最後を教えてください」
で、伝えた事。

 

 

 

 

家族が来て
「最後を見届けてくれてありがとう」
と言われた事。

 

 

 

 

 

 

 

事故、というものは一瞬で色々なものを失い、
色々なものを周囲の人間に投げかけ、
そのまま継続して生き続ける人々に深い「傷」を残していきます。

 

 

 

 

ワタシの場合、幸いな事に雨という状況が
「血の臭い」という嗅覚へのトラウマはさえぎってくれましたが、
灰白色のアスファルトとあの血のコントラストという「視覚」と
耳鳴りのようにただただ鳴り続ける雨音 という「聴覚」、
その「景色」「音」の中で何も出来ずに佇んでいただけの無力感、
全身ずぶ濡れだったのに激しく乾いた喉の「感覚」、
なんだかそんなトラウマは残ってしまい、
五感のうちの一つをさえぎってくれた雨に感謝もありますが、
雨音だけのシチュエーション、というのに風情は感じられなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

沖縄の叔父も、ワタシが高校時代に事故で亡くなりました。
飲みに行った帰りに猛スピードの車にはねられて帰らぬ人となってしまいました。

 

 

 

ワタシも大きな事故を2度ほど経験しています。

 

 

 

 

どうしても起こらざるを得ないものではあるのも理解ってますが、
どうか皆さん、くれぐれも気をつけてください。
勿論「事故」というものは自分だけではどうにもならない要因もあります。
でも、みなさんがこれだけ愛してやまないモーターサイクル(或いは四輪もです)、
残された大切な人たちが、
これらを見たくも無いくらいに憎悪をいだかせないように、
気持ちだけはちゃんと締めて路上へと出てください。
そして事故を目撃した時は、
助けてあげてください。

 

 

 

 皆さんにとっては日本の四季を感じる事の出来る
風情のある「雨音」で
これからもありますように。

 

MESSAGE FROM:MUNE 2007


とある日に近しい人が紹介してくれたHPがあった。
ウチのHPのLINKにもあります「万博タワー」のページ。
70年当時はそれはそれは夢のデザイン、存在感であったであろうそのタワーが、
忘れられ朽ちてゆき、解体されるまでの克明な記録のウェブサイトだった。
過去形なのは、忙しいのに夢中で観てしまったのだ。


 

 

そういえば沖縄にもあったな。
75年に開催された海洋博の目玉だった海上都市「アクアポリス」。
台風の時は半分沈んで難を逃れるというなにやらカッコいい機能を備えた、
ギリシャの神殿のようなみてくれのメガトン級のデカさの鉄の要塞。
やはり最後は忘れられ朽ちてゆき、解体という運命だった。
その両方のデザインを手掛けたデザイナー、菊竹先生(※1)の「パシフィック・ホテル」は最近サザンが唄っていたっけ。
それももう無いんだよね。

 

 

つくば博なんてぶらりと単車で跡地に行ってみたら影形もなくなってた。
以前広場だった場所が単なる芝生のくぼ地になっていて、
「ここで昔西城秀樹が一万光年の人~♪って唄ってたよ、なぁ」と、
くぼ地の一番底で感慨にふけって帰ってきたコトもあった。

 

 

 

 

あの頃小さかったワタシに夢を抱かせてくれた数々の物。
希望に満ちた未来の象徴。
それが具現化して目の前にあった興奮。

 

 

 

 

21世紀になった現在、全ては違ったワケで。
でも過去のそれらには明らかに暖かい未来に向けての「希望」が詰め込まれていたから、
見当違いの現在になっちゃったけど魅力的に思えるワケで。

 

 

 

 

 

 

コンコルドだけはそういうアイコンの中では頑張った方かもしれない。
夢の超音速旅客機。こういう時代が確実にやってくる!
というプロローグの象徴を一手に背負って彼女は飛び続けてきた。
少年だったワタシがこんな機体に惹かれないワケがない。
昔日本でサミットが行われた時、当時のミッテラン大統領がコンコルドで来日する!と聞いて、
別段熱狂的な航空ファンでも何でもないくせにコンコルドを見に羽田まで行った。
佇んでいた彼女を見てびっくりした。彼女は思っていた以上に小さかった。
YS11くらいしかない。いや、それくらいに見えた。
彼女を大きくしていたのはワタシの心だったのだ。
現実の彼女はあんな小さくて華奢な体で気品を誇示していたのだ。

 

 

 

 

 

でも現実は大量輸送というコンセプトのB747、ジャンボに軍配は上がり、
音速の代償であるコストや重量制限が災いし、コンコルドは単なるキワモノ扱いだった。
それでも彼女は2000年の事故までは誇りすら感じる気品で飛び続けた。

 

 

 

 

 

そのコンコルドも万博タワーやアクアポリスとほぼ同時期に現役を退いた。
最後まで気品を残したまま。

 

 

 

 

 

 

あの頃思い描いたのとは全然違った21世紀。
勝利の女神が微笑んだB747でさえ近年には現役を引退する。
大量輸送の時代も終わったのだ。
今は4発もの強力なエンジンで500人もの人間を一気に空へと持ち上げる、
2階建ての航空機の飛ぶ時代ではなくなったのだ。(※2)
低燃費でそこそこ人数乗れて、だからちまちま便数増やして長距離の飛べるエコ・カーみたいなのが現在の主流だ。

 

 

 

 

考えてみれば車も同じ。
スーパーカー・ブームの頃に熱狂したような2シーターという割り切ったスポーツカーは
ほぼ全滅と言っても過言ではない。
代わりに最近は人もそこそこ乗れて荷物もそこそこ乗って、そこそこ低フォルムで、そこそこスポーツ・テイストみたいな、
全般に優等生だが何ら際立ったものがないラインナップばっかりになってしまった。

 

 

 

 

バイクは現在レベルという扱いきれないくらいの高性能になってしまってはいるものの、
その性質上「本質」を失ってはいないとは思うが、
これもやはりビックスクーターという「本質」を失いつつあるものに浸食されつつある。

 

 

 

 

 

まあ、なんだかんだ考えても、未来にまでは責任も持てないし、ね。

 
 

 

でも、ね。

 

 

 

 

次の世代、ワタシやワタシの周りで瞳をキラキラさせて車やバイク、
飛行機やパビリオンなんかを見つめている子供たちが、
「全然違った未来になっちゃったけど、あの頃のものって何だかいいよね」
少なくともそれくらいは言ってもらえるようには責任持ちたいものだな。
少なくともそういう時代を造らないけん責任がある世代にはなっとうけね。なぜか北九州弁。
次の世代に
「2000年前後ってダメダメだったね」
なんていわれないように、ね。

 

 

 
どーしても個人的に旧いものが好きなものだから旧い車やモーターサイクルに触手が伸びてしまい、
仕方ないんですが現行にはあまりレーダーが働かなくなっちゃってますけど、
だからといって昔はよかった一辺倒になってしまい
リアルに秒針の進んでいく現在がおごそかになっちゃあイカンね!
とは最近思うんですよね。
現在に魅力的なモノが生まれ辛くなってるのは、チョットはワタシのせい?
何億分の一でもやっぱ責任発生するん?と思っちゃったんです、万博タワー観て。

 

 

 

 

とはいえ、ね。
紀元前のエジプトの壁画のヒエログリフ解読したら
「最近の若者はなっとらん」
なんざ書いてあるくらいだし。
紀元前で若者がそんな体たらくだったとしたら、
それから何千年も経ってる今のワタシらなんざもー野獣ですよ(笑)
ワタシらがガキの頃のそういう文化を嘆いていた世代もあったろうし、
あんまり人間変わらないモンかな、とも思いますけどね(笑)

 

 

 

 

過去にワタシに夢をくれたこれらの遺産に感謝しつつ、
そんなコトを考えながらシゴトしてるワタシ。

 

 

 

MESSAGE FROM:MUNE 2007

 

 

 

(※1)菊竹大先生

菊竹大先生の建築って、良くも悪くも景観も立地条件も全て無視したような
「ブッ放された」イメージ全開の建築物が多く個人的には好きですが、
それが建設される地元の方にとってはフクザツなのでしょう(笑)
代表作品としては先生の公邸(スカイハウス)、エキスポタワー、アクアポリス、パシフィックホテル、
都城市民会館、江戸博物館(これ有名ですね)。
あとは上野の不忍池傍らにあったホテル、ソフィテル東京。
これも景観損ねる、次のテナントが埋まらない、で10年ちょいで取り壊し。

う~~~~ん・・・・・・

 

 

 

(※2)大量輸送時代

これ書いた2007年当時はまだ巨大なエアバスは登場しとりませんでした。
遂に出たよ、オール2階建て・・・ 

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